無趣味な私が無趣味でいる理由。

先日、とても趣味が多くて

とても楽しそうに趣味の話しをされる方と話していて、

うらやましいな、と思う反面、

なぜ私はいつも無趣味なのだろう??と思いました。

 

f:id:otokuzuki:20170419194907j:plain

写真:photolibrary

 

小学生ぐらいの時は、

趣味が多すぎて、毎日何かの習い事をしていた。

月曜日は習字、火曜日は水泳、水曜日はピアノ・・・。

月~土曜日までびっしり習い事をしていました。

 

今思えば、そんなにやってよく疲れないなと

思うんだけど、特に辛いと思ったことは無かった。

 

でも、中学生ぐらいになると、

途端に無趣味になった。

 

部活でテニスをしていたけど、

趣味というよりは、”部活だから”という

義務的な理由で続けていたように思うし、

クラスの女子たちは、ジャニーズにワーキャー言っていたけど、

私はそこまで興味が持てずに冷静に見ていたし、

何かにハマった記憶はあまり無い。

 

そうそう、振り返ってみると、

中学ぐらいから、趣味が無いです。

 

それで、小学生の時と何が違うかと考えたら、

ココにたどり着きました。

 

『自分の人生を意識した時から趣味が無い』ということ。

 

f:id:otokuzuki:20170419195542j:plain

 写真:photolibrary

 

中学生の頃から、

学歴命だった父のスパルタ教育により、

良い高校に行って、良い大学に入ることが

良い社会人になる為の道だと信じ込んでいました。

 

だから、中学生になってそれ以降は、

遊んでばかりはいられない、と強く思うようになりました。

いつでも『勉強しなきゃ』という思いがありました。

 

ちょっと勉強したくらいで

良い点数を取れるほど、頭が良いわけではなかったので、

かなりの時間を勉強に費やさないと、

とても受験に成功しそうにありませんでした。

 

そうなると、部活や趣味なんかしようものなら

”そんなことしてる間に勉強しないと・・・”と、

私のどこかから声がするのです。

 

成人した今でも、それは変わらない気がします。

 

”遊んでいる間に、稼げるようにならないと・・・”

”こんなことして遊んでる場合じゃない!”

罪悪感にかられてしまいます。

 

だから、趣味が無いんじゃなくて、

持てなかった、または持てないんだと思うんです。

 

自分の人生をこうしていきたい、という思いがあって、

その為に自分が1歩でも進んでいないと、

趣味を楽しんでる場合じゃないよ・・・、

と思ってしまうのです。

 

つまり、無趣味な私は、

こうしていきたいと思う方向に進めていない

ということですね・・・。

 

でも、逆を言えば、

自分の進みたい方向に向かって進んでいれば、

趣味を楽しむこともできるんだと思います。

 

全く趣味が無いというのも

何か人間的魅力に欠けてつまらないですし、

趣味なんかやってる場合じゃないよ・・・と

罪悪感にかられないように、

自分が今進みたい方向に着実に進んでいきたいなと

思いました。

 

では、また!