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睡眠の質を高める1週間。

睡眠の質を高めるにはどうしたらいいのか?

悩んだあげく、本を読みました。

 

何気なく読みましたが、ぜひぜひ

睡眠の質を上げたい方に読んでみてほしい

1冊でした!

 

>>スタンフォード式 最高の睡眠【電子書籍】[ 西野精治 ]

 

最初は、もう聞いたことあるよ…

っていう情報の羅列っぽいな、と思ったんですけど

聞いたことのある情報でも、

スタンフォードで研究された

科学的な根拠を元に説明されているので、

そういう意味があったのか、と

腹落ちします。

 

特に、寝たいけど明日までに資料を

作らなきゃいけないという時の睡眠をどうするか、とか、

お風呂に入ってから寝たいけど、

そうする時間や体力が無い時どうするか、とか、

寝るのが良いのはわかっているけど

実現できない時にどうしたら良いかが書かれているのは

良かったですね。

 

ということで、私が実践しようと思っているのは、

次の3つ。

 

・寝る90分前にお風呂に入ること

・お風呂に入れない時は足湯をすること

・夜はなるべく考え事をしないようにすること

 

 

後回しにしがちな睡眠を

最優先事項にする生活を、最低1週間は続けてみようと思います。

 

睡眠の優先事項を下げてしまうのが

今の私の課題なので、

1週間続けて、

自分の状態が良ければ、

それが自分のルーティンになるかもしれません。

 

 それでは、また!

 

 

一斉授業は本来の目的を見失わせやすい。

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https://www.photolibrary.jp

 

先日、カバン作りスクールに行ってきました。

 

そして、

一斉授業って本当に

苦手だな~って改めて思いました。

 

先生は精一杯やってくださってるんですけど、

様々な進捗具合の生徒が入り混じる中で、

超素人で初心者の私は、

どうしてもついていけなくて、

どんどん遅れを取っていく。

 

一斉授業って、

周りと比較して、ついていけない自分を

目の当たりにしてしまうこととか、

まるで先生が私を存在していないかのように

授業を進めていくことが、ツラいんですよね。

 

だからって、

私の理解が進まないのを、

教育体制のせいばかりにするのは

おかしいと思うし、

何も進まないし、何も始まらない。

 

 

授業の時間だけで理解しきれたら

それほど効率的なことはないけど、

理解しきれないところは当然あるので、

そこは自習したり、後で質問したりする必要があります。

 

そして、授業を受ける目的というのは、

教えてくれているものを

自分の知識にしていくことが、本来の目的。

 

一斉授業は、そういう本来の目的を

見失わせようとするんですよね・・・。

 

授業についていかないと!、とか、

全然わからない!という思いに埋もれていってしまう。

 

ついていくのがやっとの授業は

本当にイライラとふがいなさとでめげそうには

なりますが、

何かに集中したり、

ものが出来上がっていくのを目にしたりするのは

とても嬉しいものです。

 

私の本来の目的は

「カバンを作れるようになること」。

 

 

本来の目的を見失わずに、

いつか、呼吸をするように、

バッグを作っていたいな、と思います。

 

それでは、また!

 

 

 

 

 

自分に合ったスタイルの追求。

ブログを書いていて思うことは、

ブログを毎日書くというのは、

かなり大変だということ。

 

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それでも、書きたい衝動があるので、

書くのは止めないのですが、

例えば、ブログで収益を!と考えた時に、

毎日ブログ更新した方がいいという

話をよく聞きます。

 

でも、 

1記事書くのに、どんなに頑張っても1時間ぐらいかかるし、

書きたい内容が全く思い当たらない時もある。

 

ましてや、会社員をしながらだと、

時間が限られて継続がなかなか難しい。

 

ブログを毎日更新して、

しかも内容を充実させるなんて、

本当に、ほんとーうに大変なことだと思います。

 

ブログの収益化は難しい、

簡単ではない、そもそも大変なんことなんだと言われるけど、

根性論で、やればできる、というものでもない気がします。

 

でも、

もし収益化されるなら、

これほど良い資産はない、とも思うんですよね。

 

…となると、

もし私が収益化を考えるなら 、

ブログで収益化を考えるよりも、

サイトのようなものを作って、

サイトを作りこむ方が合っているのかなと思いました。

 

サイトが出来上がるまでには時間がかかるけど、

ある程度コンテンツを充実させれば、

毎日ブログを更新する必要もないし、

職人肌の気質があるので、

ある程度、こだわって作りこむモノの方が

性に合っているのかもしれない。

 

ブログの収益化という記事は

ネット上にいっぱいあふれているので、

色々マネしてやってみたこともあったけど、

やっていくうちに、

継続できなかったり、

そもそもマネしていたものとは

全く正反対のことを言っている記事を目にしたりして、

何が正しいのかわからなくなった。

 

どの記事も本当のことを書いているんだと思うけど、

それを自分が同じようにできるかはわからないし、

なぜ、そうするのか?

自分にできるスタイルはどんなスタイルなのか?

考えて取り組まないといけないな、と思いました。

 

・・・と言いつつ、このブログは収益化というよりは、

自分の記録用の目的が大きいので、

ゆるーく続けるつもりです!

 

では、また!

残業時間を減らすには?ー残業が増えている原因を考えるー

最近、やたらに残業が多いので、

どうしてこんなにも残業が多いのか?

考えているのですが、

1つに「気持ちの引きずり時間の長さ」

あるのかな~と思っています。

 

例えば、『迷い』

 

これ、どうやって処理しよう?

こうなのかな?ああなのかな?

やっぱり上司に聞こうかな?

いや、私の判断でやってしまおうか・・・、など。

こうやって悩んでいるとあっという間に

30分ぐらい時間が過ぎている気がします。

 

次に、失敗とか後悔などの『マイナス感情』の引きずり。

 

失敗してしまうと、ショックを受けて、

動揺しながら次の仕事をする。

すると、仕事に身が入らずに無駄に時間をかけてしまったり、

また、次のミスをしてしまったりという悪循環に陥る。

  

他にも、急ぎじゃないけど、ここまでは

やってしまいたいと、引きずることもあります。

 

悩む、とか、失敗した、とかいうことは、

もう変えられない事実なので、

その原因と次への対策を考えたら、

それで終わりにして良い事柄。

 

でも、引きずってしまうから、本来の業務時間を超えて

さらに時間を取って、

量をこなすことができない。

 

この『気持ちの引きずり』、

私以外にも多くの人が陥っているのではないかなと

思いました。

 

私の職場で、毎日、

不平不満のオンパレードで、

井戸端会議のおばちゃんみたいな男性がいます。

根が優しいので憎めませんが・・・(;^ω^)

 

ツラい、悲しい気持ちを

見ないようにしたり、我慢したりするのは

良くないことだと思っているので、

不平不満を言うことは悪いことだと思わないのですが、

引きずるのは、本人が辛いだろうし、

作業効率を下げて、時間がかかってしまいます。

 

いかに、引きずらずに、

気持ちを切り替えることができるか

これが、仕事の速さにつながるんじゃないでしょうか?

 

仕事のできる人で、

あー失敗した、もう駄目だ、

ほんとやだ・・・

って言っている人はいないんですよね(笑)

決断もすごく早いです。

 

『気持ちの切り替え』を意識して、

明日から、また仕事に取り組もうと思います。

 

 

では、また!

無趣味な私が無趣味でいる理由。

先日、とても趣味が多くて

とても楽しそうに趣味の話しをされる方と話していて、

うらやましいな、と思う反面、

なぜ私はいつも無趣味なのだろう??と思いました。

 

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写真:photolibrary

 

小学生ぐらいの時は、

趣味が多すぎて、毎日何かの習い事をしていた。

月曜日は習字、火曜日は水泳、水曜日はピアノ・・・。

月~土曜日までびっしり習い事をしていました。

 

今思えば、そんなにやってよく疲れないなと

思うんだけど、特に辛いと思ったことは無かった。

 

でも、中学生ぐらいになると、

途端に無趣味になった。

 

部活でテニスをしていたけど、

趣味というよりは、”部活だから”という

義務的な理由で続けていたように思うし、

クラスの女子たちは、ジャニーズにワーキャー言っていたけど、

私はそこまで興味が持てずに冷静に見ていたし、

何かにハマった記憶はあまり無い。

 

そうそう、振り返ってみると、

中学ぐらいから、趣味が無いです。

 

それで、小学生の時と何が違うかと考えたら、

ココにたどり着きました。

 

『自分の人生を意識した時から趣味が無い』ということ。

 

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 写真:photolibrary

 

中学生の頃から、

学歴命だった父のスパルタ教育により、

良い高校に行って、良い大学に入ることが

良い社会人になる為の道だと信じ込んでいました。

 

だから、中学生になってそれ以降は、

遊んでばかりはいられない、と強く思うようになりました。

いつでも『勉強しなきゃ』という思いがありました。

 

ちょっと勉強したくらいで

良い点数を取れるほど、頭が良いわけではなかったので、

かなりの時間を勉強に費やさないと、

とても受験に成功しそうにありませんでした。

 

そうなると、部活や趣味なんかしようものなら

”そんなことしてる間に勉強しないと・・・”と、

私のどこかから声がするのです。

 

成人した今でも、それは変わらない気がします。

 

”遊んでいる間に、稼げるようにならないと・・・”

”こんなことして遊んでる場合じゃない!”

罪悪感にかられてしまいます。

 

だから、趣味が無いんじゃなくて、

持てなかった、または持てないんだと思うんです。

 

自分の人生をこうしていきたい、という思いがあって、

その為に自分が1歩でも進んでいないと、

趣味を楽しんでる場合じゃないよ・・・、

と思ってしまうのです。

 

つまり、無趣味な私は、

こうしていきたいと思う方向に進めていない

ということですね・・・。

 

でも、逆を言えば、

自分の進みたい方向に向かって進んでいれば、

趣味を楽しむこともできるんだと思います。

 

全く趣味が無いというのも

何か人間的魅力に欠けてつまらないですし、

趣味なんかやってる場合じゃないよ・・・と

罪悪感にかられないように、

自分が今進みたい方向に着実に進んでいきたいなと

思いました。

 

では、また!

 

やっぱり、私は稼げる人になりたい。

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『稼ぎたい』

 なんて、言ったら最後。

 

『稼ぎたい』と言っている人は、

人よりも、お金のことばかり考えてる嫌な人で、

『稼ぎたい』と言っている人から、

何かモノを買おうなんて思わない。

 

だから、

『稼ぎたい』なんて、

思ってはいけない、

願ってはいけない、

そんな風に思っている自分に気づきました。

 

でも、やっぱり私は今、

稼げる人になりたいです。

 

それは、

苦労している母を養えるくらいの財力がほしいから、

自分で選んだ場所に住みたいから、

時間に追われない生活がしたいから、

大好きな人たちと一緒にいたいから。

 

これらの願いを叶えてくれるのは、

稼ぐことだから。

 

『稼ぐこと』=『お金』がほしいわけじゃないです。

 

例えば、

稼いだのではなく、10億円ぐらいが

手に入ったら、私の今の願いは大抵叶う。

 

だけど、その10億円は、

一時期私を満足させたとしても、

満足させ続けることはできないと思う。

 

自分の人生を生きたいと願う私にとって、

稼がずに得られたお金は、私とは何も関係がない。

私の能力でもなく、努力でもなく、苦労でもない。

 

自分の能力を出し切って、

それに対する対価を得るという

『稼ぐこと』ができていないと意味がないのです。

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私は今、稼げる人になりたい。

 

そう言い切ってしまうことは、

何か罪悪感すら感じて勇気がいるけど、

結局、ここにたどり着いてしまうんです。

私の本当に今挑戦したいことは「稼ぐこと」。

 

夢を叶える過程は、

自分の殻を脱ぎ捨てるということでもあるよ

と言っていた人がいる。

 

言われたときはピンと来なかったけど、

今は、その言葉の意味がわかる気がします。

 

稼ぎたいんじゃなくて、誰かの役に立ちたいからやるんだと

良い感じに変えてみたり、

稼ぎたいなんて願っちゃいけないと思ったり、

そういう、自分の殻を1つ1つ脱いでいくことで、

自分が本当にやりたかったことに近づけるのかもしれない。

 

では、また!

 

「決める」ことから逃げ出したくなる自分。

先日、人生の方向性を決めるといいよ、

とアドバイスをいただいたので、

ここはいっちょ、人生の方向性を決めよう!と、

最近、方向性はどんなのが良いかな、と考えています。

 

そして、方向性を考えていると、

「決める」ということを避けていることに

気づきました。

 

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いざ、決めようとすると、

逃げ出したくてたまらないのです。

 

決めちゃったら、失敗したときかっこ悪いとか、

本当にそれが進みたい方向性なのかわからないしとか、

まだ決めなくてもいいしとか・・・

 

最終的には、

失敗したら嫌だから、選択肢2つくらい入った方向性にしようかとか

ずる賢いことまで考えだしたりして(笑)、

 

決めないように、決めないように考えている

自分がいました。

 

 

決めないことは、すごく楽なんですよね。

 

決めなければ、選択肢のいずれに行っても

柔軟に対応できるし、

失敗しても、他の選択肢が残っているから

傷つかないですみます。

 

それはそれで、必要とされる場面もあって、

今までの私を何回も救ってくれたことがあります。

 

でも、決めないと、

出足が遅れたり、

無駄に時間がかかったり、

進みたい方向に進めなかったりする場面もあって、

悩みを深めています。

 

 

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これまで決めないことに慣れてきた私ですが、

それでも、人生の方向性は決めておいた方が

良いんじゃないかと思っています。

 

それは、ただ何となくでも生きてしまえるのに、

1秒たりとも、後戻りできないからです。

 

人生の目的は、

たぶん、私は一生わからないと思っていて、

最後の最後にこれかな?とわかるぐらいなのかもしれないから、

それなら、

自分の人生は自分が考えた通りに、やりたいように、生きた

言える人生にしたいと思うのです。

 

なんとなく生きていたんだ~、じゃなくて、

○歳~○歳はこんな思いで、こう生きていた、

○歳~○歳は、これがやりたくて、これをしていた、

そう言える人生にしたい。

 

その為には、”こういう考えで”とか

”こういう思いで”、に当たる

『方向性』を決めて生きていくことが

必要なんじゃないかと思っているんです。

 

ということで、今は逃げそうになる自分に

必死に喝を入れて、どういう方向性で生きていきたいのか、

日々考えています。

 

決まったら、怖いけど、宣言してみたいと思います(;^ω^)

 

では、また!