本当のリラックスとは何なのか?本物のリラックス方法を探す。

皆さんはストレス解消法や

リラックスする術をお持ちですか?

 

私は、ものすごく気分の転換が下手で、

落ち込んだら割と落ち込みつくすし、

リラックスなんてなかなか感じることができません。

 

これをしたら必ず

ストレスが発散できて、

リラックスできる!という方法が決まっているなら、

楽なのに・・・。

 

どうも、自分の心をコントロールするのは

難しいものです。

 

そんな時、先日よりゆっくり読み進めている

コチラ↓の本に、効果のあるリラックスについて書かれていました。

 

スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫) [ ケリー・マクゴニガル ]

 

ストレス解消法のほとんどは

役に立たないものであるが、

本当に効果のあるものもある、

と書かれていて、

効果のある方法とない方法とでは、

何が違うかについてこんなことが書かれていました。

 

本当に効果のあるストレス解消法は、ドーパミン

放出して報酬を期待させるのではなく、

セロトニンɤ(ガンマ)アミノ酪酸などの

気分を高揚させる脳内化学物質や、

オキシトシンなどの気分をよくするホルモンを

活性化させます。

※引用:スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫) [ ケリー・マクゴニガル ]

 

・・・ということは、

私のような簡単に気分転換できない人も

このセロトニンやɤアミノ酪酸オキシトシン

活性化させれば、ストレスを解消できたり、

リラックスできるようになるのかもしれない!

 

そう思った私は、本に書かれていた

セロトニン」「ɤアミノ酪酸」や

オキシトシン」の増やし方について調べてみました。

 

セロトニンを増やす方法★
早寝早起き、太陽光を浴びる、リズム運動(一定のリズムを刻む動作のもの、ウォーキングなど)、よく噛む、感情を動かす、腸内環境を整える、腹式呼吸 
※引用・参考:セロトニンとは | 快適.Life
 
 
★ɤ(ガンマ)アミノ酪酸を増やす方法★
グルタミン酸を多く含む食品を補酵素となるB6と一緒に摂取する。
グルタミン酸を多く含む食品(発芽玄米、トマト、魚介類、乳製品、発酵食品、乳酸菌、キノコ、昆布出汁)、ビタミンB6を多く含む食品(赤身の魚、肉類、レバー、豆類、果物)
※引用・参考:
ストレスを軽減させるGABA(ギャバ)の効果とは | 快適.Life
 
 
オキシトシンを増やす方法★
スキンシップ、感動する、号泣する、おしゃべり、エステ、マッサージ、
セロトニンを増やす
※引用・参考:
オキシトシンの増やし方 | 快適.Life
 
 
この中から自分が取り入れやすいものを
やってみたら、脳にとっては
リラックスできるはず、ということですね。
 
ということで、
私は次のものを
生活に取り入れてみようと思っています!
 
≪本当のリラックスを得る為に!究極のリラックス方法≫
  • 腹式呼吸
  • 感動する    ・・・ 号泣映画かドラマを見る
  • マッサージ   ・・・ マッサージクッションを購入予定!
  • 太陽光を浴びる ・・・ 一日中引きこもるのは禁止!

 

他にも、良く寝るとか、

バランスの良い食事をする、

というのはもちろん必要だけど、

全てを完璧にできたら、

今更ストレス解消だのリラックスだので

悩んでないし、

 

それなら、できることから

少しでも、続けてやる方が

何にもやらないより良い。

 

1つもストレス解消法を持ち合わせていないより、

これが私のリラックス方法だ!と

宣言できるものがある方が良い。

 

 

みんながやってるような

ストレス解消方法で効果が無かったり、

気持ちを無理やり上向きにしようと

頑張ったりすることだけじゃなくて、

 

ホルモンとか脳内の化学物質に頼って、

生理的にストレスを解消するっていうのも

ありなのかな、と思いました。

 

では、また!

人脈の少なさは仕事だけでなくホルモンレベルで損してる!

私は人付き合いが得意ではありません。

口下手ですし、おもしろい会話の1つもできません。

 

人は、他人との関わりが無ければ

ストレスは生まれない、

というぐらいなので、

人との関わりを増やしてストレスを増やすぐらいなら、

人脈を増やす必要は無いと思って生きてきました。

 

そんな私でしたが、

先日、本当のリラックスとは何か?を考えていて、

いわゆる『幸せホルモン』というものを

調べていたのですが・・・、

 

まさかこんなところでも、

人脈が関係していることがわかったのです。

 

幸せホルモン「オキシトシン」を増やせない

まず、私はいわゆる『幸せホルモン』の手始めとして、

オキシトシンというホルモンを調べていました。

 

オキシトシンとは?≫

オキシトシンも同じように、分泌が減ると幸福感が損なわれてしまいます。

オキシトシンが分泌されることで、ストレスが消され、

疲れが癒され、気持ちが安定し、心地よい幸福感がもたらされます。

※出典:オキシトシン分泌を増やす方法とは!? 専門医師が解説! vol.2 | Rhythm (リズム)

 

www.life-rhythm.net

 

オキシトシンは幸福感をもたらしてくれるそうなので、

このホルモンを増やしたい!と思うわけですが、

増やす方法を見てみると、専門医がこんなことをおっしゃっています。

 

オキシトシンの分泌は、

日常の行動の中で簡単に活性化できるのでしょうか?

 

⇒ 実は、とても簡単にできるのです。

  それは、ただスキンシップをすればいいのです。

※出典:オキシトシン分泌を増やす方法とは!? 専門医師が解説! vol.2 | Rhythm (リズム)

 

ぐぐ・・・っ。

人脈の少ない私には、”ただスキンシップをすればいい”なんて

言われても、かなりの難題です。

 

人とのスキンシップだけでなく、

心地よいスキンシップなら何でもよく、

エステやマッサージや、リフレクソロジーなどでも

効果が得られるとのことですが・・・

 

毎日エステやマッサージに行けるほど裕福ではないので、

やっぱり人脈が多い方がオキシトシンの分泌を

増やす機会が多いのは確かですよね。

 

 

幸せホルモン「セロトニン」を増やせない

幸せホルモン「オキシトシン」を増やすことは

なかなか難しいと感じた、人脈とは縁のない私は、

もう一つの幸せホルモンセロトニンについて

調べることにしました。

 

セロトニンとは?≫

セロトニンは、ノルアドレナリンドーパミンの暴走を抑え、

心のバランスを整える作用のある伝達物質で、

セロトニンが不足すると精神のバランスが崩れて、

暴力的(キレる)になったり、うつ病を発症すると言われています。

※出典:セロトニンとは | 快適.Life

 

www.human-sb.com

 

セロトニンは睡眠の質にも大きな影響があるということなので、

これはぜひ増やしたいホルモンの1つです。

 

そこで、どうやったら増やせるのか?と調べてみますと、

セロトニンを増やす方法の1つに「グルーミング」というものがありました。

 

グルーミングの効果は肌の触れ合いによって高められます。

また、誰かと親しく会話をすることでもグルーミング効果を得られます。

※出典:グルーミングでセロトニンを増やす方法 | 快適.Life

 

肌の触れ合い!?

残念ながら皆無です。

 

彼氏がいないんだから

まぁ仕方がないとあきらめるしかありませんが、

肌の触れ合いではなく、

誰かと親しく会話をする、という面から見ても、

人脈の少なさはアダになります・・・。

 

人脈が少ないのは社会性うんぬんレベルの問題じゃなかった 

 人脈が少ないと、仕事では不利だよとか、

いざという時の助けが得られないよとか、

人脈の少なさが社会的に良くない

ということはよく耳にしてきましたが、

まさか「ホルモン」にまで影響しているとは…。

 

自分が幸せだとか、精神的な安定を感じるだとかの、

個人的な幸福感のレベルにまで

人脈は影響するんです。

 

不快な人脈を持つ必要はないですけど、

心地よい人脈は多いにこしたことはないということですよね。

 

結局、人は1人では生きられない

人は支え合って生きているのだから、

1人では生きられないんだよ、とは

よく聞くフレーズで、

なんとなく理解はしてたつもりでしたけど、

 

自分の幸せ感を

ホルモンレベルで増やしにくいことがわかると、

精神衛生の面から見ても

本当に1人では生きていけないんだな、と

納得しました。

 

 

これまで、人脈を増やすことにそれほど

乗り気ではありませんでしたが、

少しずつ心地よい人脈を増やす為の努力はしていこうと思います。

 

それでも、現状、人脈の少ない私は、

即効で幸せホルモンを増やす為に、

マッサージグッズは買いましたけどね(;^ω^)

 

 

では、また!

 

人と比べる癖を直したい!~どうしたら人と比べなくなるのか?~

皆さんは、人と比べて、劣等感から、

落ち込んでしまうことってありませんか?

 

最近、会社の同僚として、経験者が入社してきたことで、

自分のあまりの出来なさ加減に、

劣等感で一杯になっていました。

 

比べない方が良いとわかっていても、

なぜか、比べて落ち込んでしまうものです…。

 

人と比べるというのはどういうことなのか?

どうしたら人と比べて落ち込むことを避けられるのか?

 

人と比べる癖を直したい私が

少し冷静になって考えてみました。

 

【目次】

 

人と比べてきた過去

このところ、人と比べて落ち込むことが増えていましたが、

私が人と比べて落ち込むことは、今に始まったことではなく、

何度となく人と比べてきた過去があります。

 

人と比べては、自分はダメだ~( ;∀;)

と責めてしまうので、

やる気が無くなったり、もう全部やめてしまいたくなったり、

悲しい感情で自分の心を支配してしまいます。

 

そこで、この、「人と比べて落ち込む」ということを

どれくらい繰り返してきたのか?よくよく思い返してみました。

 

すると・・・

 

いつも、必ず、

比べてしまう人が1人は存在していることがわかりました(;^ω^)

 

転職したり、異動したり、

同僚が退職して新しい同僚を迎えたり・・・、

一緒に仕事をする仲間が変わることは5回ほどありましたが、

そのいずれの時も、人と比べて落ち込んでいたのです!!!

人と比べてしまうのは、考え方の『クセ』

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どんな職場でも、

必ず同僚と自分を比べて落ち込んでしまう自分。

 

そんな自分を認識できた時、

これはもう、私の考え方の『クセ』みたいなものなんだろう、

と思えました。

 

どんな環境でも必ず人と比べていたのなら、

この先もきっと、

どんなに一緒に働く人が変わっても、

私はまた、人と比べて、

「あ~、あの人はできるのに、私はできなかった~(T_T)」

と、落ち込んでしまうんじゃないかな、と思いました。

どんな時に人と比べてしまうのか?

人と比べて落ち込んでしまうクセがある私は

一体どんな時に人と比べてしまいやすいのか?

 

考え方の『クセ』なのだから、

どんな時に人と比べて落ち込んでしまいやすいのか?

はっきりわかっておく必要があると思いました。

 

思い返してみると、

私は、『そんなこと思いつかなかった』とか、

『そんな深く考えなかった』とか、

自分が、想像すらできなかった意見や指摘を聞くと、

 

『確かにその通りだ!さすがだ!(私にはできない…)

『どうやったらそんな考えが出てくるんだ(;゚Д゚) (私には無理…)

 

と思ってしまい、

劣等感に浸ってしまっているのです。

 

人と比べることがいかに意味のないことかを知る

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いつも人と比べて落ち込んでしまう私は、

この劣等感を、冷静に考えてみることにしました。

 

本当に、自分が劣等なのか?

その劣等感は、自分の何と比較しているのか?

正しい劣等感なのか?

 

そうやって問いかけながら振り返ってみると、

人と比べて落ち込むことは、いかに意味の無いことだったかを

知ることができました。

 

なぜ意味が無いと思ったのか?理由は次の2点です。 

(1)比べなくていいのに、比べようとしている

『そんな考え思いつかなかった…( ;∀;)』

『そこまで深く考えていなかった…(;゚Д゚)』

 

そう思って、自分の考えの浅さに、劣等感を感じていたのですが、

これって、自分の考えの浅さではないな、

と思ったのです。

 

『思いつかなかった』

『考えなかった』

これ、当然ですよね。

 

自分の考えが、他人と一緒であるはずはないですから。

 

【考えが浅い】というよりは、

自分と他人との【視点の違い】ですよね。

 

モノゴトの捉え方、見方は人それぞれで、

みんなが同じだったらおかしいはずなのに、

『同じじゃなかった!』と落ち込んでいたのです。

 

私は、自分には無い考えを持っている人を

『すごい!』と思ってしまうクセがあるようです。

 

すごいのは間違いないのかもしれませんが、

それによって、自分が優劣の『劣』なのでしょうか?

 

そもそも、優劣で考えていること自体が、おかしい…(;^ω^)

優も劣もなくて、

自分の考えなのか、他人の考えなのか、ということにすぎません。

 

比べなくて良いものを、無理やり比べて

落ち込んでたんだな~と気づきました。

 

(2)自分の目的にはまったく関係が無い

『あの人はできたのに、私にはできなかった』

『あの人はわかってるのに、私は知らなかった』

 

そうやって落ち込むこともよくあります。

 

でも、これも、全くの無意味でした。

 

私は、仕事では

「忙しい営業の役に立てるように、

社内ルールをよく理解し、必要なサポートができるようになる」

ということが目下の目標なのですが、

 

この目標において、

『できなかったこと』は、『できるようになればいい』だけであって、

『知らなかったこと』は、『知ればいい』だけの話なのです。

 

それを、

『できなかった~( ;∀;)』『知らなかった~(≧◇≦)』

と、自分を責めるのは、

いじけてる子どもと一緒です。

 

知らなかったり、できなかったりすることに対して

落ち込む必要なんてそもそもなくて、

むしろ落ち込んでる間にも、

できるように、理解するように、

行動していかなければなりませんでした。

比べること=悪いこと ではない

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人と比べても意味が無いし、

良いことはあまりありませんが、

比べることが悪いことか?というとそうではないと思います。

 

比べるからこそ、違いがわかります。

形も色も値段も同じ2枚の洋服の

どちらか好きな方を選んで!と言われたら選べないように、

比べて、違いを認識することは必要です。

 

他にも、

比べて、競って、成長できることもありますよね。

 

比べること自体は、悪いことではなくて、

生きていく上で必要なことだと思います。

 

だから、人と自分を比べてしまう時、

『人と比べちゃいけない!』

『比べるなんてダメだ!』

比べてしまう自分をダメだと思う必要も無いのだと思います。

 

人と比べることを正しく使っていこう!

 人と比べても良い。

 

だけど、比べて落ち込むのではなくて、

『自分の目標や目的にとって、

自分は、どれくらいできていないのか?』を知る

手段として使っていけばいいのだと思います。

 

自分は、今、

目標到達度〇%ぐらいのところにいるのか?

ということを知る『手段(ツール)』として使うんです。

 

無意味な比較をしないように、

自分を責めて落ち込む感情が出てきたら、

一度立ち止まって、正しい比較をしているか

考えていきましょう!

 

最後に、株式会社武蔵野の社長である

小山 昇さんの言葉をご紹介します。

 

人がやる気にならないのは人と比べるからということ。

人は自分より優秀な人は嫌いだから、

人と比較されると文句を言う。

それなら、どうしたらよいのかというと、

自分と比べること、あるいは自分の部門と比べることがよい。

(中略)武蔵野では、一般社員も幹部も

こうした前年実績との比較が賞与のベースとなっています。

※出典:小山昇の名言|他人より本人と競争させることが大切 リーダーたちの名言集「名言DB」

 

どうせ、比べるなら、『人』と比べるんじゃなくて、

『自分』と比べた方が、自信につながって良いですよね!

昨年と比べたらできるようになっていることは

格段に多いはずですから!!(#^^#)

 

では、また! 

『どう生きたいのか?』答えを出す必要性はある?

『どう生きたいのか?』

最近、こればかり考えて疲れてしまった。

考えても考えても、
全然答えが出なくて、

そうこうしているうちに
何年も何年も時は過ぎる…。



『どう生きたいか?』
この質問に、
とにかく、何がなんでも
自分なりの『答え』がほしかった。


でも、先日、どこかの60歳代の教授が、
『この年になっても、どう生きるのが
良いのかわかってない』
ということを、おっしゃっていて、

そういえば、
私の両親なんかも
定年退職した後、
その後の人生をどうすべきか、
迷っているように思えたし…


案外、


私もこのまま、
ずっと悩んでいくのかもしれない、

人生ってそもそも
そういうものかもしれない、

そう考えるようになった。



もちろん、
私は○○で生きていく!
と、明確な答えを出せたなら、
それが1番いい。


でも、
これが私の正解かな?
いやいや、こっちの方が正解かな?
と、トライ&エラーを繰り返す、
そのこと自体が
人生なのかもしれない。


迷いながら
トライ&エラーを繰り返す人生を、
人は、
答えを出すことから逃げているとか、
自分から逃げているとか、
一生そのままで良いの?とか、
あおってくるけども、

あおられても、

もう私は
10年くらい答えが出ない。

これから先で答えが出せる可能性は
限りなく低いと思う。

だったら、

みつからない…
答えが出ない…

そう悩んで
自分を追いつめて、

いつまでも満たされず、
どこにいっても答えが出ない、
焦りと苦しみの中に
居続けるよりは、

人生は、そもそも
迷うものだと捉えて、
迷う過程を楽しむ。


人生は、
自分を喜ばせるモノ探しの旅、
と思う方が、ずっと気持ちが楽だ。


なんか楽しいことないかなぁ?
と、楽しげなことの
周辺をウロウロして、
やってみて、

これはつまんない、
これは楽しい、
と、

少しずつ取捨選択していって、

自分を楽しめるものを集めていく、
それが、人生なのかもしれない。



時を重ねるごとに
楽しいことは増え、

今よりも何倍もの数の、
楽しいことばかりが
私の回りに集まって、

人生の最後には、

自分史上最大に
楽しいことの数が増えている。

そんな人生も悪くない。


『どう生きたいのか?』
この答えが
これからみつかるかもしれないし、
みつからないかもしれない。

ただ、答えを探すことに
必死になりすぎず、
探す過程でさえ、
楽しんでしまいたい!

そう、考えています!

では、また!

才能ってそんなに重要なものじゃない。

先日、スクールに行って習い事をしている時、

私だけ全く授業についていけなくて、

理解できないままだった。

 

この前は、仕事で新しい仕事のレクチャーを

受けた時、

同僚たちがどんどん話を理解しているのに対し、

私はほとんど理解できないまま、

レクチャーが終了した。

 

自分がわからないまま、

ことが進んでいくのって、

自分の存在が無視されているようで

本当につらいものだ。

 

学校で授業についていけない子たちは

こんなに苦しい思いをしていたのかと

思うと、

同級生たちに頭が下がる思いがする。

 

そうそう。

 

自慢するわけではないけど、

私は学生時代に、授業についていけない、

と思ったことはほとんどない。

 

それが、何で今になって、こんなに

周りについていけないんだろう??

 

そう振り返ってみると、

私が、小さい頃、学校の授業についていけたのは、

家で先に勉強していたからだと思う。

 

学校の授業は、家で1度目の勉強をしてからの

2度目の勉強になるわけだから、

そりゃあ当然、周りの子より授業がわかるし、

ついていけたわけだ。

 

 

ということは、

今スクールでついていけなかったり、

仕事で同僚についていけなかったりするのは、

事前知識や経験が少ないからなんだ・・・

と、今更わかった。

 

スクールに通っている人の中で、

初心者は私だけだし、

仕事も、私は異動してきたばかりで

事前知識や経験が少ない。

 

だから、周りと同じようにできなくても

無理は無いのに、

なんか、できるような気がして、

出来ない時の落ち込みようが激しい。

 

要は、

私が自分の能力を過信しすぎていた。

勘違いしていた。

 

学生の頃、授業が大抵理解できていたことを

私って話を理解するのが早いのかも!

何でもすぐにできちゃう器用さがある!

とか、思っちゃっていたんだ。

 

 

家でコソコソ勉強していたから

できただけのことだったのに。。。

 

クイズの答えを知っていながら、

クイズ大会に参加しているようなもので、

できて当然だった。

 

それなのに、人よりちょっとできると勘違いして

うかれてしまってたんだな~・・・

 

 

そう考えていくと、

やっぱり、才能って

人生においてそんなに重要なことじゃ

ないのかもしれない。

 

人よりちょっとだけできるようになったり、

得意になったりするのは、

人より経験を長くしていたり、

人より関わっている時間が長かったり

するだけのことなのかもしれない。

 

その人がどんな才能をもった人か、

というのはあんまり重要じゃなくて、

 

これが好きだ!と思ったり、

これができるようになりたい!と思って

経験や時間を長く積み重ねようと

決めたこと自体が

自分だけの人生やストーリーになっていって、

その人だけの、

ちょっと人よりできるものになっていくのかなと。

 

 

だから、結局、

自分にウソつくことなく、

やりたいことをやっていくのが

良い人生にする為の正解なのかもしれないな~。

 

では、また!

 

 

 

 

 

 

自分の『強み』に注目しすぎておちいるワナ。

皆さんは自分の『強み』をうまく

生かせていますか??

 

最近、『強み』は自分の得意なことだから、

『弱み』を克服するよりも

注目すべきものとして扱われていますよね。

 

私も『強み』をうまく使いたいと思って、

『強み』に注目してきました。

 

でも、強みを生かそうとしたところで、

それほど『強み』なんだろうか??と思ってしまい、

大した強みじゃないな~と思うことがよくあり、

いまいち強みを生かせていない感覚があります。

 

 

その答えは、先日読んだ本、

「自分を大事にする人がうまくいく」に書かれていました。

 

自分を大事にする人がうまくいく スタンフォードの最新「成功学」講義 [ エマ・セッパラ ] 

 

 

【目次】

 

  

 私の『強み』診断結果、ストレングスファインダーより。

 

『強み』の心理学と言えば、こちらの本

ストレングスファインダー。


 

 

私の診断結果はコチラ↓

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これらの強みを使えば、

きっと自分の能力を最大限に高めて、

自分だけのアイデンティティーを持てるんだと

ずっと思っていました。

 

いつもこの5つの強みを頭に置いて、

 使える場面があったら

すかさず使おうと、

『強み』に執着していました。

 

『強み』が『強み』とは思えない 

強みを把握して数年。

常に強みを意識していく中で、

こんな感情がずっとありました。

 

私は学習欲が強みだけど、

長続きした試しが無い。

 

収集心が強みだけど、

ある一定の情報を収集したら満足して、

それ以上は求めなくなる。

 

どれもこれも大した強みじゃない。

 

どんな強みも、上には上がいる。

 

きっと、うまくいっている人っていうのは、

同じ強みを持つたくさんの人の中で、

この強みが際立ってレベルが高い人のことで、

私はその中のかなりレベルの低い方の人なんだ。

 

自分はやっぱり何の強みも無い人なんだ。と。

 

 

 『強み』にばかり目を向けすぎて自己批判

自分を大事にする人がうまくいく スタンフォードの最新「成功学」講義 [ エマ・セッパラ ] にはこんなことが書かれていました。

 

自分の強みばかりに目を向けていると、

次のような論理に行きつく。

「うまく金融モデルがつくれなかったら、金融は

わたしの得意分野ではないということ。

金融界では働くべきじゃない」 

 

(中略)

 

自分の強みばかりを信じていると、重度の鬱に

おちいることもあるそうだ。

たぶんそれは、行きすぎた自己批判へと

つながるからでもあるだろう。

 

 ※引用:自分を大事にする人がうまくいく スタンフォードの最新「成功学」講義 [ エマ・セッパラ ] 

 

今の私は全くこの通りでした。

 

割と器用だと思っていたのに、

うまくミシンが扱えない。

 

 ⇒ 器用じゃなかった。何もできない。(自己批判

 

割と運動が得意だと思っていたのに、

ダーツがめちゃくちゃ下手。

 

 ⇒ 運動神経が良いわけじゃなかった。運動もダメ。(自己批判

  

 

強みだと思っていたものが

強みで無かった時に、

ものすごく自分を責める”自己批判”に

走ってしまっていました。

 

だから、挑戦してはすぐに諦める、

ということを繰り返してきたような気がします。

 

ミシンはまだ続けているものの、

スクールに通っていなかったらとっくに

やめていたろうし、

ダーツはもう2度とやりたくないと

まで思ってしまいました。

 

 

『強み』は生まれつきのものだけど、成長させるもの

結局、私が間違っていたのは

『強み』の扱い方だった。

 

『強み』は生まれつきのものであり、

最初から、誰よりもうまくできるものである

と思っていた。

 

 

でも、『強み』はそのままで充分ではなく、

伸ばし、育てていかなければならないもの。

 

そういう捉え方をしていなかったから、

せっかく『強み』を把握していても、

これもできなかった、

あれもできなかったと、

自己批判につなげるばかりでした。

 

自分の『強み』を生かすために・・・

せっかくの自分の『強み』で

自分を傷つけていてはもったいないですよね。

 

『強み』は、最初から強みではなく、

その素質があるだけであって、

成長させ、伸ばして、生かせるようになるもの。

 

だから、

一度の失敗ぐらいで

『強み』じゃなかった・・・と捉えるのは

もったいないことなんだな~と思えました。

 

次はきっとできるようになる、

もっと伸ばしていこう、

そう信じて、自分がやりたいことへ

チャレンジしていきたいなと思います。

 

では、また!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”一生懸命頑張ります!”から卒業する方法

私が”何かを頑張る”と言ったら、

『ただひたすらにその対象に集中して、

ただひたすらに一生懸命になること。』

頑張るっていうのは、
私にとって
そういうことだった。

なぜなら、

今の自分以上の力は出せないし、
知りもしないやり方はできないし

今の自分で、
最善を尽くす、

それを行動にしてみた結果が、

ただひたすらに集中して実行する、

ということになって、



それが”頑張る”ということなんだと、


ずっとそう思って生きてきた。



そして、
そうやって頑張ることで、
周囲に頑張りが伝わり、
評価されたり、認められたりする、


そういうものだと思ってた。


・・・でも、

違った。


そもそも、
そういう問題じゃなかった。


、ということに気づかせてくれた
コチラの記事↓

bizgate.nikkei.co.jp



自分が知りもしない、
見たことも無い方法は、

実行しようがないのだから、
考えようともしなかった。


私が既に知っている、
思いついた方法の中から、
最善の方法を選択して、

ただただ、
ひたすらに走っていた。


でも、
その、的外れな”頑張り”を
世間は『空回り』と呼ぶのだろう。




そもそも、人が問題を投げかけるとき、
”頑張る”ことを望んでいるわけじゃない。

頑張らないよりは
頑張ってくれた方が良いけど、


本当に欲しいのは、

問題に対して、
的を得た結果なんだ。


問題に対して答えや結果を出すということ。
ココを見ないようにしていた気がする。

頑張るいい子は、
神様がきっと見ていてくれる、
という、
小さな時からの教えに
すがっていたと思う。



とは言っても、
問題をじっくり定義するほど
時間をとれないのが、
現代のスピード社会。

だとすると、
何が問題か?
何が目的か?
この答えにすばやく近づく力も
身に着けないといけないのかな~と
思う。


不器用なもので、
ひたすらに、がむしゃらに
一生懸命突っ走るのが取り柄です、

と言っていた私から
少しずつ卒業していきたい。

では、また!